前回の続きになりますが^^;、、、ボランティアで感じたコトについて書いてみようとおもいます。。。
今年の3月に東北で震災があって、テレビで何度も何度も放送されて、被災者の声、そしてそれを支援する人たちの声、また、たくさんの国々の思い・・・、そういったコトがいっぱいいっぱい伝えられていました。
実は、ワタクシ結構そういった感情に弱くて・・・、テレビを見ながら、ネットの記事を見ながら、すぐにウルウルきてました。。。もちろん、一人でいる時限定ですが・・・ 笑。
でも、そんな時、何かしたいって気持ちがすっごくあるのに、何も出来ない自分がいて、出来ない理由ばかりが頭にうかんで。。。出来るコトをやろうと、募金ぐらいしかしてませんでした。。。
何か役に立つことをしたいと思っている方は、きっとたくさんいると思います。でも、現地へ行くとか、そういった行動をおこすのは、やっぱり少しハードルが高いんですよね。。。
そんな時、今度は台風12号がやってきて、和歌山県に甚大な被害を残して去って行きました。。。
今度は、自分の住んでいる県です。。。社員の中にも、家に被害があった方、そして実害はなかったけどライフラインの寸断などで、間接的に大変な思いをした後輩も居てました。。。
同じ県なのに・・・。社員やお客さま、取引先などが被災されているのに・・・。何も出来ないことが歯がゆいと言うか、少し情けなくも感じていました。。。
でも、正直何をしていいのかわからない。。。時間も限られている会社員が出来るコトって募金以外に殆どないのではないか・・って思ってました。。。
それでも、機会があれば行ってみよう。そう考えていたのですが・・・、「機会」って待ってても来ないんですよね^^;。きっと待つのではなくてつくるものなんでしょう。。。
今回、現地に行く機会をつくることが出来ました。。。そして、行って来て感じたコト。。。
まず、第一に「行って良かったな」と思いました。
自己満足やって言われると、たしかにそうなのかも知れません。でも、例え、自己満足でも、実際に行くのと、「自己満足やろ」って現地へ行ったこともなく言うのとでは大きな違いがあると感じました。。
ワタクシ達が行った時は、被災から約1カ月の月日が流れていて、その間にたくさんのボランティアの方が活動を行った後でした。ですので、台風の爪痕は殆どキレイになっていました。。。
現地では、私たちは「バラ」や「プチトマト」の栽培農家へ派遣されました。ビニールハウスの中でいわゆる「水耕栽培」を行っていた農家なのですが・・・、ハウスの中は、水耕栽培に使われていたであろう骨組みや、シート、電気系統の機械、その他に流れてきた大量の土砂、流木・・・たくさんのものが氾濫していました。。。それでも、私たちの前に来ていたボランティアの方々がある程度まとめてくれていましたので、私たちはそれを軽トラックに乗せて運び出す作業を行いました。。。
ハウスはいたるところが破損していて、電気系統は完全にアウト。。。作物は跡形もなくなってるような状態でした。。。また、ハウス内は蒸し暑く、流れ込んだ土砂の影響で、ものすごい砂ぼこりでした。。。
作業自体は、単純なもので、大量のゴミと化してしまっている施設内の設備や流れ込んだ木片、そして枯れてしまった作物。。。そういった物を軽トラックへ積み込んで運び出す。。。そんな感じでした。。。
ワタクシと、同期の同僚、そして若者(内定者)4名の6人でしたので、作業そのものの負荷は大したことなかったので、正直「頑張った」って言えるような程でもなかったのですが・・・、農家の方に、メチャメチャ感謝されました。。休憩してって飲み物を出してもらったり、パンをいただいたり、コーヒーをいただいたり、逆にホントに恐縮しっぱなしの状態でした。。。
でも、被災者の方々は、ホントにホントに喜んでくれました。「たくさんのボランティアが来てくれて、絶望から希望が持てました」って言ってた言葉が何だかグサっときました。
お昼休憩の時に失礼を承知で、いろいろ伺ったのですが・・・、まさか自分たちが水害にあうなんて・・・と言うのが率直な気持ちだったと言います。
実は、和歌山県では昭和28年に歴史に残る大水害に見舞われています。その教訓を活かして水害対策がいろんな地域で施されてきました。。ワタクシ達が行った日高川流域もそうです。上流に椿山ダムが建設され、それ以降、水害は大丈夫と、何十年も過ごしてきた地域です。。。
そこが、予想をはるかに上回った降水量でダムがいっぱいになり、大量の放水を行い、その影響で日高川沿岸でいくつか水位が堤防を越えて水害が起こりました。。。
水害・・・。まったく想像もつかないですよね。。。川から水があふれて、いろんなものが水没して、そして、数時間後水が引いていく。。。ただそれだけなんですが。。。水が引いた後を見ると・・・、絶望以外の何ものでもありません。。。たくさんの土砂が流れ込んで、景色が全く変わってしまいます。。。
今までの積み重ね、苦労、いろんなことが、全て一瞬にして消えて無くなってしまう。。。まさしくそんな感じでした。。。
「ボランティアの方がいないと、本当にもうダメだった。。。」、「ボランティアの方だけで、のべ60人ぐらい手伝ってもらったけど、本当に本当にありがたくて、おかげで希望を持てました」と、たくさん感謝の気持ちを頂きました。。。
一つ、現地の方と話しをして、何とか出来ないかなと思ったことがあります。。。
ボランティアを通じて、農家の方々に、イヤらしい話ですが金銭面の事でいろいろ突っ込んだコトを聞いてみました。
農家は作物を一生懸命育てて、それが実になったり花になったりの段階で初めて出荷でき、お金に変わります。「有田みかん」で有名なみかんも、実際は植えてから出荷できる実がなってお金になるまでは10年ほどかかるそうです。。。
今回は出荷する前に、水害で全てを失ったので、収入は全くなくなってしまい、それどころか、作物を育てる為の施設が壊滅状態になっていたのです。。。
保険や公的な援助などを詳しく伺ったのですが、ハウスそのものは、多少の保険があるそうですが、作物や、所得、そして今後の復旧にかかる費用は全く何の援助も助成もないそうです。。。
ちなみに、、、水害前の状態へ戻すとして、いくらかかるか聞いてみました。。。ざっくり3000万ほどかかるそうです。。。
借りることも出来ないし、県や国からの助成もない状態ですが、天災なので仕方がないですね。。。と、うつむく農家の方々をみていると、何とか助けてあげられないものかとはがゆい思いになりました。。。
そうのうえ、東北の方々はもっと大変な思いをしてるハズだと、自分たちの状況を押し殺しているのを見ていると、とても切なくなりました: ;。
和歌山県で、被災した地区は、新宮、本宮、勝浦地区だけではございません。
紀中の日高地区もかなりの被害があります。。。ワタクシ達、同じ和歌山県民でもTVの情報でしか知らないので、どうしても紀南地区ばかりが被災地区だと思ってしまいますが、たくさんの被災地区があることをもっと知る事が大事だと思いました。。。
そして、当社の会社理念の「地域社会に、あって良かったと思われる会社」。。。
まだまだだなぁ。。。と正直思いました。。。
ボランティアセンターに行くと、企業からの参加者もたくさんいてました。。。和歌山県地場の銀行からも20名近く参加してましたし、今回私たちがお世話になった農家さんのところにも、少し前に橋本地区の会社が大勢で参加されてたそうです。。。他にも県内の中小企業の社員がたくさん活動をされていました。。。
ボランティアは、「ボランティア」ですので、強制的に参加させるものではございません。。。
ですので、社員自らたくさん参加したいとそんな声が上がる会社にしていきたいですね^^。
また、それに対する会社からの支援体制も、もっと整えていかなければならないと思います。。。。
被災者の方も言ってました。。。「まさか自分たちが被災者になるなんて・・・」。
災害はいつどこで、どんな規模でおこるかわかりません。。。
もし、和歌山で、和歌山市で大きな災害がおこって、当社が壊滅的被害にあったとしたら・・・、それでも全国からたくさんの人が助けに来てくれると思います。。。
それなら逆に、他府県で大きな災害が起こった時、やっぱり何か出来るコトをすべきじゃないでしょうか。。。
仕事じゃなくて、プライベートでするべきものと言われるかもしれませんが、、、日本の助け合いの文化、そして人を思いやる気持ち、そういったものを失ってしまっては日本でのビジネスもうまくいかないのではないかと思います。。。
県内の有事の時、せめて同じトヨタ4社、そして共販さんなどで協力すること、そして、国内の有事の時、同じトヨタの販売店で協力して何かできるようなそんな体制がつくれたら、もっともっと地域社会と、共存共栄していけるのではないかと思います。。。
今年はホントに災害の多い年です。。。いろんなコトを考えさせられた年でもあります。。。
日本は資本主義社会ですが、昔ながらの協力し、助け合いながらの文化を持っていると思います。
ビジネスは利益を上げなくては成り立ちません。ですが、それを越えたところの繋がりを、トヨタの販売会社でもっともっと強固にしていけたら、本当の意味での「あって良かった会社」になるのではないでしょうか。。。




